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フレコン三浦(朝日新聞三浦英之記者)の「双葉町廃墟写真」ツイをサイードの「オリエンタリズム」で解釈する

(固定された呼びかけ)
Ⅰ:朝日新聞2011年12月2日朝刊「プロメテウスの罠 第9回 我が子の鼻血 なぜ」(前田基行)の主人公「町田市の主婦 有馬理恵」は、主婦ではなく「従軍慰安婦ミュージカル」主演の「俳優座の社会派女優&日本共産党系活動家」です。TVにも出ています。完全に「フェイクニュース」です。動かぬ証拠があります(リンク先エントリーの②を読んでください)。
市民団体のメール魚拓「有馬さんは、“従軍慰安婦”をテーマにした憲法ミュージカルを演していらした方で、「プロメテウスの罠」の取材も受けていらっしゃいます。」
「主婦」有馬理恵
有馬理恵主演CM 「ハインツ・パスタ 牛肉とイベリコ豚の粗挽きボロネーゼ fitness class編 
有馬理恵は2018年には「俳優座代表取締役」に昇格しています。「日本を代表する劇団の幹部」だったのです
 朝日新聞よ、どうしてこの人が「主婦」なのか?まさしく「芝居」です。
この「事件」は、2018年5月に、「月刊HANADAプラス」が取り上げてくれました。渡辺康平福島県会議員のレポートです。


なお、朝日新聞いわき支局と南相馬支局は被ばくを恐れ、震災二日目の3月12日に住民を見捨てて郡山に「自主避難」しました。
朝日支局自主避難
災害で住民を置いて逃げた報道機関は、現代日本史上でこの朝日新聞のケースが唯一です この新聞が「吉田調書」をめぐり、「所員が命令違反で撤退した」記事を捏造してたのは驚きです。
  
 
Ⅱ:岡山大学の津田敏秀氏のいわゆる「津田論文」は、原発事故後の子どもの甲状腺がんの発見について、実は(著者の意に反して)福島県内で地域差が無い(=被ばく量と関係ない)ことを証明しています(リンク先エントリーの⑤を読んでください)。

Ⅲ:カタカナの「フクシマ」が「福島はヒロシマと同じ核による惨禍の土地」という誤ったイメージを植え付け、差別につながるレッテルであると、脚本家の倉本聰さん、ジャーナリストの田原総一朗さんらも指摘しています。山梨学院大学の小菅信子教授は、著書「放射能とナショナリズム」で、「フクシマ」は「福島をエネルギー植民地から反原発の聖地として再植民地化して支配するための名づけ直しだった」と指摘しています。「フクシマ」使用に反対します。福島が「フクシマ」と書かれて喜んでいる当地の人を、私は見た事も聞いたこともありません。これは「負の刻印=スティグマタイズ」です。人が嫌がる名前で呼ぶのは、最も明確な「差別」、「イジメ」、「人権侵害」です。

Ⅳ:立憲民主党は、これまで散々デマで福島を苦しめてきた「おしどりマコ」を参議院選候補に擁立しました。この事件の経緯は「ポストさんてん日記 立憲民主党公認、おしどりマコ問題のまとめ」をご覧ください。
こちらは「おしどりマコ」のデマを集めたアーカイヴスです、「氷山の一角」ですが。
おしどりデマ庫
osidori1.jpg ←「おしどりマコ」のコレは福島人を貶める史上最悪「繁殖奇形大量デマ」ツイです 福島人は「繁殖」しない 「奇形児が大量」なんて言わないしそんな事実もありません ヒド過ぎます

震災後に南相馬に移住した芥川賞作家 柳美里さんはこうおっしゃっています。 
https://twitter.com/yu_miri_0622/status/1143631788222193664
柳美里‏ @yu_miri_0622
言葉は人の顔に向かいます。
福島は奇形児が多い。
福島の娘は嫁にもらうな。
福島の子は知能が低い。
これらのデマは、明らかな差別です。
差別は、人の顔を見ずに人をカテゴライズし、レッテルを貼ります。
福島で生まれ、育ち、巣立っていく一人一人の子どもの顔を見て、言ってください。
14:27 - 2019年6月25日

柳美里‏ @yu_miri_0622 · 6月25日
原発反対運動のために、原発事故の被害者たちを利用し、差別するのは、もうやめませんか?


oshidori5.jpg「おしどり」の発言「放射能オリンピック」@ドイツ これを名称にしたドイツの反核「戦闘」団体が、日本の中核派と組んで福島の五輪競技を妨害する計画です(6/15エントリー参照)

幸い「おしどり」は落選しましたが、これらを基にした韓国の福島攻撃が続いています。これでハッキリわかるように、「放射能デマ」の正体は科学的根拠を無視した、憎しみ感情に訴えるだけの「政治運動、プロパガンダ」です。賢明な方は、なぜこれらの「放射能デマ」が起こり、続くのか?=すべては根底にある「原発は(それを推進した国は)憎むべきもの そのためには福島の放射能による被害が酷い方が都合が良い」という感情によって起こっている、という事を理解できると思います。

韓国・文在寅政権「日本は放射能汚染されている」プロパガンダのウソ
それでも、冷静かつ毅然とした対応を  林 智裕 現代ビジネス8/29

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66798 
(ま、東京オリ・パラは延期になったけどにゃ)


9月、「今は もう秋 誰もいないうみ~」だにゃ。ちょっと寂しげで、でも何だかいい季節だ。しかし残念ながら、「反原発」や「反体制」、「リベパヨ」なんぞの「福島いじめっこ」は、「誰もいなくならない」。放っておくとまたエスカレートしていくに違いないので、常に「監視」を続けて少しずつでも反撃していくしかない。

ここ最近では、安倍総理の辞意表明にかこつけて、朝日新聞の福島「総局」所属・南相馬支局駐在らしい、「フレコン三浦」の暴言が、エスカレートしていた。こんなのね。

https://twitter.com/miura_hideyuki/status/1299303648845938688
三浦英之 「日報隠蔽」文庫化 Verified account @miura_hideyuki
これが安倍首相が最後の記者会見で一言も触れなかった、福島県双葉町の今日の姿です
4:11 AM - 28 Aug 2020


https://twitter.com/miura_hideyuki/status/1301833021494972416
三浦英之 「日報隠蔽」文庫化@miura_hideyuki
⑧津波の被害も、原発の事故も。忘れちゃいけないと思う人がいる一方で、「風評被害を広げるな」と批判する人もいる。でも僕は今ここに暮らしているから「なかったこと」なんかにできない。現実として、この国には今まだ住民でさえ立ち入りできない地域が広く残っている
午後7:42 · 2020年9月4日


フレコン三浦のついは2週間で消える設定になっているそうだから(だから無責任発言やりたい放題だ)、「魚拓」だにゃ。
https://archive.is/GkBAr
https://archive.is/UHmpz

それにしてもこのツイ、なんでこんなにイヤな気持ちになるのか?これは他の人も同じの様で、もう毛嫌いされている。

https://twitter.com/satoshin_23/status/1302110586243674112
さとしん@satoshin_23
震災時、福島県に住んでいたほとんどの人にとって、津波の被害や東電原発事故は忘れたくても簡単に忘れられるようなものではありません。福島県外でも、そういう人は多いと思います。それと「風評被害を広げるな」は両立するのですが、なぜ対立する意見のように書かれるのでしょうか。
午後2:05 · 2020年9月5日


https://twitter.com/heart8255/status/1302190806627840000
Ako@heart8255
三浦さんが今福島県に居住しているしていないは関係が無い事で、福島に住む人は当然、津波被害を受けた東日本全ての地域の方、そして日本人なら「無かったこと」になど出来ません。忘れることなど出来ません。
それと「風評被害を広げるな」とはまた別の話です。


https://twitter.com/heart8255/status/1302191384305102848
Ako@heart8255
って言うか
この記者さんが福島にいる限り、ずっとこういう写真ばかりを見せられるの?
つくづく嫌…
もうホントたくさん
午後7:26 · 2020年9月5日


https://twitter.com/Natsukifamima/status/1302214465891389442
NATSUKI動物の足あと(手洗いうがいヤクルト)@Natsukifamima
返信先: @heart8255さん
わたしもウンザリです、福島県からでていって欲しい
午後8:58 · 2020年9月5日


https://twitter.com/akemi_nishizawa/status/1300081379938459648
むせんとう@akemi_nishizawa
フレコン三浦さんの絶対的な己の正義感、私にはよくわからないよ。
ジャーナリストの方って、自分の意見がどのあたりのポジションなのか反芻しないもんなの?
副業?本業?で書いた本が売れれば後からフリーになれば良いからほんでいーの?
反論を黙殺して生きるのが皆の代弁者なの?
午後11:42 · 2020年8月30日


https://twitter.com/TatsutaKazuto/status/1302269962828918784
竜田一人@TatsutaKazuto
震災遺構になる場所の写真載せて「僕は今ここに暮らしている」なんてイキってるジャーナリスト様がいるようですが、そもそもあんたそこには住んでないでしょ。いくら近所でも普通に人が暮らしてる住宅地と、震災遺構になる程の津波被害があった場所と、一緒に語るなよ。
午前0:38 · 2020年9月6日


さて、ここからは前回コメ欄にちょっと書いたことの「詳細版」です。
・・・エドワード・サイードは、1935年エルサレムに生まれたパレスチナ人。幼少時に米国に渡って教育を受け、コロンビア大学の英文学・比較文学教授となりました。2003年に67歳で亡くなりましたが、その代表的著作「オリエンタリズム」(1978)は、近現代における「東洋趣味」の流行、すなわち「オリエンタリズム」から、西欧植民地帝国の文化的な価値観に、初めて体系的に疑問を投げかけた画期的な批評で、今日に至るまでその影響力は衰えていません。もちろん原書や訳書を読むのが一番いいわけですが、長編の学術書でもありますから、ここではネット上にある要約的な情報を並べます。ちなみに「オリエント」は、元々はほぼ「中近東」のことでした。

https://pdmagazine.jp/background/orientalism/ によれば、
エドワード・サイードの『オリエンタリズム』は、そのような〈西洋〉と〈非西洋〉の間にある〈支配する側〉〈される側〉という関係に根ざした非対称な関係性についてもっとも鮮明に述べた書物として、現代社会を読み解くうえでの基礎教養書と言うべき一冊です。
「オリエンタリズム」は従来、西洋に住む人々がオリエントという異文化に対して抱いた憧れや好奇心、つまり一種の「異国趣味」のことを意味していました。例えば、蒸気船による海上交通のネットワークが急速に発達した19世紀末には、新鮮なイメージを求めるヨーロッパの画家たちのあいだでアフリカでの奴隷売買やトルコの浴場などを題材とした絵画が大ブームを起こしますが、彼らはフランス美術史の中では「オリエンタリスム(orientalisme)」の画家と呼ばれています。 それでは、このようなエキゾチックなイメージを中心とした〈見る/見られる〉という関係、つまりは〈描く側〉と〈描かれる側〉という一方通行的な関係を通じて、異文化理解の架け橋となるような、健全な対話性は育まれることとなったでしょうか? 1978年、エドワード・サイードが発表した『オリエンタリズム』のなかで告発されたのは、西洋が東洋を見る視線の中に含まれている“表象(イメージ)による暴力”だったのです。
西洋は、「未開の地を開拓する」という名目のもとオリエントに対する支配を、経済的にも政治的にも強めていったのです。そのような歴史的状況に対し、サイードは批判を行います。

「オリエントはつねに、西洋にとっての局外者アウトサイダーであるとともに、西洋に合体させられた弱いパートナーでもあった。(中略)オリエンタリストの厳粛なる解釈行為に役立ち、彼らが超越的な審判者、学識ある人間、強靭な文化的意思という役割を演ずるのに必要な、一種の文化的・知的プロレタリアート[※ネコ註 これは「精神的搾取対象」の意味でしょう]としてとらえられたのであった。」(訳書引用)

西洋白人種の眼を通じて描かれてきたアメリカ先住民のイメージが、先住民のありのままの姿を捉えたものではなく、アメリカという「新大陸」に対して白人が支配をふるうための道具として仕立て上げた姿だったように、西洋白人社会にとっての「オリエント」とは、自らのアイデンティティを確立し、異文化への支配を正当化するために発明された〈他者〉だったのです。

https://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/031201orient.html によれば、
サイードの定義によるオリエンタリズム(Orientalism - book)
「オリエンタリズムとは、オリエントを支配し再構成し威圧するための西洋のスタイル」のことである。
「オリエンタリズムとはオリエンタルと見なされる問題、対象、特質、地域を扱うさいのひとつの習慣にほかならず、これを行うものは誰であれ、自分が語り、考える対象を、ある言葉や言い回しによって指示し、命名し、固定する。すると今度は、その言葉や言い回しが現実性を獲得し、あるいはもっと単純に、それが現実そのものであるとみなされるようになるのである」(英語版,1978: 72)

これらから「オリエンタリズム」を要約すると、
「19世紀に当時の帝国主義列強(宗主国)であった西欧で、芸術で流行した東洋趣味=「オリエンタリズム」は、当時征服されて植民地となったアフリカやアジアの文化・風習を目新しい題材として描いていた。一番イメージとしてわかりやすいのは絵画で、アフリカやアジアの風習や風俗をモチーフにしたエキゾチックな絵がブームになった(有名どころではゴーギャンの一連のタヒチ(フランス植民地)ものなんかもその一種)。しかしサイードは、これは「流行や趣味」なんてものではなく、西欧=植民地宗主国の物差しで見た、「文化的劣等性」の格付け、レッテル貼りが根底にある、と批判した。重要な点は、「支配者=描く側、現地人=描かれる側」という「体制」が常に存在することで、この構造が最初から「権力性」を帯びている。この装置を通じて、「植民地にされた現地」は絵画や文芸作品として、宗主国の好みの「文化的に劣った現地」として「再構成」されてしまい、それが「事実」として発信されてしまう。宗主国は「劣った現地人民」を救済する役割を担う、ということで支配を正当化する。」
ってなところでしょう。

実は、ワタシのような福島ネコが感じるフレコン三浦の「違和感」、「不快さ」の正体は、このエドワード・サイードの「オリエンタリズム」にピッタリです。また、先に引用した皆さんのツイートにも、「オリエンタリズム」のキーワードがあちこちに見られました。

そもそも、東京=原発宗主国、福島=原発植民地、です。福島は東京の為に原発を建て、電気を一生懸命送っていました。そして原発事故が起こり、不幸な偶然ではありましたが、宗主国に電気を送れなくなって、福島は植民地を脱したはずでした。

ところがその後、東京や外国から「反原発」を主張する「市民団体」、活動家等が押し寄せました。その状況はこのブログでは2011年6月から記録しています。東京から小出裕章、ピロセ隆、肥田舜太郎らのシンパ、信奉者、フランスから「アクロ」、「クリラッド」等がやってきて、「市民放射能測定所」を作り、ドイツからは国営放送ZDRのロケ隊が来て、福島破滅をネタにしたトンデモ番組を作りました。「市民団体」の招きで、英国からはクリス・バズビーが、ロシアからはユーリー・バンダジェフスキ、アレクセイ・ヤブロコフ、豪州からはヘレン・カルディコットも来ました。彼らは当初は「福島が数年後に被ばくで滅びるだろう(そうなってほしい、そうなれば原発という悪魔を世界から無くすことができる)。」と思って様々な「予言」をしましたが、全てハズれてしまいました。この後は、この「反原発」は「〇年後には福島は滅びる」、という「脅し」を「ゴールを後ろにずらしながら」続けて、「自主避難」をプッシュして福島を「削る」一方、現実には、短期での「福島壊滅」は諦め、福島を「反原発の聖地」、つまり「反原発植民地」化しようという動きに変化して行きました。福島をフクシマにする。第一原発跡地を「テーマパーク」にしようとか、富岡町に残された「明るい未来の原子力看板」をむりやり保存させようとか・・・すべては福島の「外」からの策謀でしたが、中でも2018年に起こった、ソ連に支配された各国にあったレーニン像を思わせる巨像、「サンチャイルド」建立事件は象徴的でした。あの事件の「黒幕」と思しき赤坂憲雄は、原発事故後の福島はメガソーラーによって電気の自給自足をして、「福島ははじまりの地となる」というテーゼを立てていました。脱原発して原始生活に還った素朴な福島人がサンチャイルドを讃えて周りでハダカ踊り・・・どこか、「ゴーギャンのタヒチ」のようでもあります(「常陸」ではありません)。

「反原発植民地」化の動きは今も続いていて、連中は常に福島に「負の刻印」を刻もうとしています。昨今の「処理水問題」も、その一環と見ることができます。「『汚染水』を福島に貯めこませて、永久に負のイメージを押し付けよう」というわけです。これは福島の「反原発聖地化」=「反原発植民地化」です。見逃してはいけない点は、「反原発」の連中はこれで喰っている、利益がある、ということです。

フレコン三浦がツイートに上げる双葉町の廃墟の写真は、まさしくサイードが「オリエンタリズム」で指摘した、「西洋が東洋を見る視線に含まれている、表象(イメージ)による暴力」そのものです。つまり、アフリカの奴隷市場やトルコの浴場等を描いた19世紀末の西欧帝国主義列強の、エキゾチックな「東洋趣味」絵画にあたります。これはアフリカ、アジアの地域的な文化の有り様を無視して、当時植民地であった非西洋世界全体に「遅れた世界」のイメージを植え付けることになりましたが、あの写真は、これと全く同じ「東京(の反原発等)が福島を見る視線に含まれている、表象(イメージ)による暴力」です。フレコン三浦作の「オリエンタリズム写真」によって、福島は今だに「廃墟」である、というイメージが拡散され、「福島は原発事故のために全体が今でも悲惨な状況だ」となって固定化され、「事実」となります。もっとも、彼が今回上げた写真は津波被害の写真で、原発事故の直接被害ではありません。この分は留意する必要があります。しかし、彼のツイには写真が直接表さない「原発の事故も」が加えられ、続く部分にある「風評被害」や「なかったこと」は原発事故についてのタームですから、明らかに原発事故について語っています。この。津波被害の写真を使って原発事故の被害を語るという「印象操作」、自称「数々の受賞に輝く優秀なジャーナリスト」らしいイマジネーション豊かな「演出」・・・しかしこれが実は、サイードが指摘した「イメージによる暴力」のプロセスです。

この負のイメージを固定化しようという宗主国的装置が、彼の「なかったことになんかできない」です。彼は「日本で一番進歩的な全国紙の記者」ですから、容易に権力的な「見る/見られる」関係を構築し、徹底的にワタシラを上から目線で眺める。また「風評被害主張=なかったことにしている」という論理が飛躍した教条を唱えて、押しつけています。ワタシラはマイナス部分ばかり見られ続けますが、何とかプラス部分を発信したり、風評被害を主張すると、「原発事故の被害をなかったことにしている」と決めつけられ、宗主国の権力によって処刑されます。

この「実は自分は見る側という権力である」という構造を隠蔽し、「自分は現地民と同じ当事者であることを装う」ための言い訳が、彼の「僕は今ここに暮らしている」です。つまり、植民地に入りこんだ宗主国のスパイ「アラビアのロレンス」みたいな、「地元に同情的に見える正義の英雄」の姿勢です。この植民地人民を代弁するかのようなコトバも、所詮は現地の差異を無視して宗主国が望む一色に塗ってしまうための、典型的なオリエンタリズムの装置です。そして彼は、「原発事故で廃墟化した福島を救う」ことを使命とした、「正義の英雄」を目指して燃えているように、 宗主国の信奉者、シンパ等には見せていますが・・・

この「殿様記者」(朝日の記者のことらしいです。前回コメ欄参照)は、来年か数年後かは知りませんが、宗主国に帰還して、「僕は今東京に暮らしている」となります。その頃には「著書」も売れて儲かって万歳でしょう。また「受賞」かもしれません。

しかし、彼のオリエンタリズムによって負のイメージを植え付けられたワタシラには、帰還する場所は福島の他に、世界中どこにも、全く無いのです。
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プロフィール

shinobuyamaneko

Author:shinobuyamaneko
 福島県福島市の信夫山に住むネコです。
 2011年3月の原発事故以後、ネット上には「もう福島市は放射能高くてダメ!逃げてください!」「福島はチェルノブイリ以上!」「子供を見殺しにしないで!」等の「反原発の叫び」が溢れました。こういう「叫び」「脅し」の効果もあって福島に来る人は激減。街は沈み、市民もネコも「すぐに逃げてください!」に怯えながら、静かに暮らしていました。(←しばらくすると連中の嘘・デマがバレてきて、みんな元気になってきましたが。)
 この種の「叫び」の根底に、「反原発」の「福島壊滅ならば原発全廃にできる!大大大チャンスだ!」っていう「喜びの」心理はないですか?原発全廃の為にはまず「福島壊滅」が必要とばかりに、科学的、医学的、論理的に怪しい説、大げさな数字等が「連呼」「拡散」されていないですか?それが「正義」になっていませんか?
 信夫山ネコは「故郷福島壊滅」を「原発全廃」の手段に利用することに断固反対です。もし根拠がない数字や説の拡散による自殺とかの悲惨な「風評被害」が出たら、大人しい福島人も終には訴えたりするのかにゃ。そんな日の為にも、今はとにかくデマ、風評、誇張、脅し等を除染しながら記録するにゃ。(「リンクフリー」です 対「反原発」、対「放射脳」等での引用ご自由に)

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